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名古屋地方裁判所 昭和28年(行)3号 判決 1957年4月11日

原告 前田組合資会社

被告 名古屋国税局長

主文

原告の第一の請求を棄却する。

同第二の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「第一、被告が昭和二十七年十月二十二日なした原告会社にかかる昭和二十四年一月一日以降同年十二月三十一日事業年度の法人所得額決定に対する審査請求を棄却した決定を取消す。第二、訴外岡崎税務署長がなした該年度分原告会社法人普通所得額更正決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、原告会社は建築請負を業とするものであるが、訴外岡崎税務署長は、昭和二十四年一月一日以降同年十二月三十一日迄の原告会社法人普通所得額を金三十三万四千七百四十三円と更正決定したが、原告は右決定のあつたことを同二十六年五月十五日に知つた。即ち其の頃、原告会社は突然岡崎税務署員の来訪をうけ、原告会社代表者山田政春所有不動産について滞納処分をなした旨の差押調書の交付をうけ、始めて高額の所得決定をうけたことを知り驚くと共に、原告会社該年度分は金二百五十万二千五十七円十八銭の赤字欠損を生ずる程の営業不振であつたので、右更正決定を不服としこれが取消を求めて、同年六月六日、訴外署長に対しこれが再調査の請求をなしたところ、同署長は同年八月十七日これを却下する旨の決定をなし、該決定は同年同月二十二日原告会社に送達されたので、原告会社は更に同年九月二十日、被告に対し審査の請求をなしたところ、被告は証拠書類を調査し併せて国税局協議団の意見を徴するも、税務署長の更正決定は不当と認め難いとの理由でこれを棄却する旨の決定をなし、右は同二十七年十月二十五日、原告会社に送達せられた。そこで原告は被告の右審査の決定の取消を求め、かつ訴外岡崎税務署長のなした前記更正決定の取消を求めるため本訴請求に及んだものであると述べ、被告の主張事実を否認し、かりに原告会社の昭和二十四年度分法人普通所得額決定が、被告主張の如く普通郵便を以て原告会社にあて発送された事実があつたとしても、現今我国税務署においては屡々納税義務者に対し一方的に数字をはめこんで驚く程過大な課税標準の決定をなししかもこれが通知をなすに際しては紛失、遺失、誤配等の頻々として生ずる可能性の多い普通郵便を以てこれをなすは国民の財産権を保障する日本国憲法第二十九条第一項の立法精神に鑑み著しく不当違法の方法である。而して右発送の事実のみを被告が証明し得たとしても、原告が確実にその旨通知をうけた事実の証明として不充分であると述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の如く訴外岡崎税務署長が建築請負を業とする原告会社昭和二十四年一月一日以降同年十二月末日までの法人普通所得額の決定をなし、これに対し、原告会社が主張の各日時に再調査の請求及び審査の請求をなしたこと、並びに訴外岡崎税務署長が右再調査の請求を却下し、被告が右審査の請求を棄却したことは認めるが、原告その余の主張事実を否認する、即ち原告会社は法人税法第二十二条第一項(昭和二十三年法律第一〇七号による改正法律)の規定により、昭和二十四年一月一日以降同年十二月三十一日迄の事業年度分の確定した決算に基く普通所得税額及び超過所得額を記載した申告書を、当該事業年度終了の日から二ケ月以内である同二十五年二月二十八日までに税務署長に提出する義務を負い乍らこれをなさなかつたので、所轄岡崎税務署長は同法第三十条に基き、同二十五年四月三十日調査の結果に従い、課税標準を決定し、これが通知書及び同年五月三十一日を納期限とする納税告知書を、同年五月十八日普通郵便により原告肩書住居地にあて発送したがこれが送達不能となつた事実もないから、右はその頃原告会社に到達しており、従つて当該事業年度の所得金額の決定のあつたことを原告は了知済みである。なお原告は前記の指定納期限までに納税しないので、右税務署長は更に同年六月十五日、同月二十日までに納税せられたい旨の督促状を原告あて普通郵便を以て発送した事実もあり、昭和二十六年五月十五日に至りその事実を知つたとの原告主張は理由がない。訴外岡崎税務署長が原告会社の審査の請求に対しこれを却下したのは、原告会社は法人税法第三十四条(昭和二十五年法律第七十二号に依る改正法律)に基き、これが通知をうけた日から一ケ月以内に不服の事由を具して再調査の請求をなしうるところ、右述の如くその通知をうけてから一ケ年以上経過した昭和二十六年六月六日に至りこれが再調査の請求をなしたもので、右は期間徒過による不適法の請求であり、これを理由としてその請求を却下する旨の処分をなしたものであり、更にこれに対する原告会社の審査の請求に対し被告は原処分を維持し、結局審査請求は全部についてその理由のないものと認め同法第三十五条第五項第二号に則り右請求を棄却したものである。従つて原告の本訴請求は失当であると述べた。(証拠省略)

理由

訴外岡崎税務署長が、建築請負を業とする原告会社の昭和二十四年一月一日以降同年十二月末日までの法人普通所得額について原告主張のとおり決定をなしたことは当事者間争がない。そこで判断するに、成立に争ない乙第一号証の一乃至三、同第二号証に証人三宅清の供述を綜合すると、原告会社は右事業年度分の確定した決算に基く普通所得金額超過所得金額及び資本金額を記載した申告書を当該事業年度終了の日から二ケ月以内である同二十五年二月二十八日までに所轄岡崎税務署長に提出する義務を負い乍らこれをなさなかつたので、同署長は、法人税法第三十条(昭和二十二年法律第二十八号)に基き、調査の結果に従い、昭和二十五年五月十八日、これが法人所得額を決定し、その旨通知書を同日付原告会社肩書住所地あてに普通郵便を以て発送すると共に、これが納期限を同年五月三十一日とする納入告知書をも同時に発送した事実を認めることができる。而して更に証人都築鈴次郎の証言によれば、原告会社は従来主たる営業所を本店所在地たる原告肩書住所地に有し、同所において営業していたところ昭和二十三年頃に至り、原告会社代表者山田政春は自己の義弟たる訴外勝清蔵に事実上の経営を一任し、同人は名古屋市東区葵町にこれが営業所を設けたので、原告会社肩書住所地における従来の事務所は事実上閉鎖されるに至つたが、同所向側に右山田政春の自宅があつて原告会社名宛の郵便物は爾今同自宅に配達されていたこと昭和二十四、五年頃において右山田政春が原告会社名宛の郵便物を受領することを拒否した事実がないこと、及び従来原告肩書住所地を所管する猿投郵便局においては、原告会社もしくは右山田政春より自己宛の郵便物について遺失、誤配等のあつた旨の苦情をうけたことが皆無であること等の事実を認めることができ、これらの事実と前記認定事実によれば本件法人所得額決定通知書が昭和二十五年五月十八日頃原告会社に配達され、該決定処分のあつた旨の通知をうけた事実を推認することができる。その頃これが通知をうけたことがない旨の原告会社代表者本人山田政春の供述は措信できないものであり、その他原告挙示の証拠を以てしても右認定事実を覆えし反対事実を認めさせるに足る適切な証拠は存在しない。原告は本件各決定通知書が普通郵便で発送された事実を捉え、不当違法の通知方法である旨強張するが普通郵便に依る通知方法は方法としては親切味に欠けるところがあるけれども法人税法において法人税額決定通知を始め、その他の通知催告等、凡てこれを郵便法第五十七条に定める特殊取扱郵便によるべき旨定めた明文の規定も存在しないし、これを本件の如く普通郵便を以てなしたからと謂つて、別に違法の通知方法と称することもできずかつ、憲法第二十九条第一項に定める所謂財産権の保障の立法精神に反する不当違法のものと謂うこともできない。かようにみてくると、原告会社が昭和二十四年度分法人普通所得金額決定に対し昭和二十六年六月六日に至り、訴外岡崎税務署長あて、これを不服とし再調査の請求をなしたとの当事者間争ない事実よりすれば、右請求は原告会社に対し右決定の通知せられた前記認定の昭和二十五年五月十八日頃より凡そ一年以上を経過した後の請求にあたるものであること明かである。

而して法人税法第三十四条第一項同条第六項第一号(昭和二十五年法律第七十二号に依る改正法律)の規定によれば同法第三十条による決定について異議があるものは、その通知をうけた日から一箇月以内に再調査の請求をなすべく、かつ当該税務署長は右期間経過後の再調査の請求にかかるものは当該請求を却下する決定をなすべきところ、成立に争ない甲第十一号証の一によれば、同書面記載適条の過誤はともかくとして、訴外岡崎税務署長は昭和二十六年八月十七日付原告会社の右再調査請求を一箇月の法定期間経過後の請求としてこれを却下したこと、及び成立に争ない甲第八号証の二によれば被告は右却下処分に対する原告会社の審査請求に対しこれを棄却する旨の処分をなした事実を認めることができる。然しながら同号証の記載によれば、被告が右審査の請求を棄却した理由として「本件に関し貴社(原告会社)提出の決算書及び其の他の証拠書類等を調査し、併せて本局(被告)協議団の意見を徴するも税務署長の決定した昭和二十四年一月一日以降同年十二月三十一日事業年度分法人所得金額三十三万四千七百四十三円は不当とは認め難い」とする記載に徴するも、被告が右棄却の処分をなすにあたり、本件法人所得額決定の当不当につき実質的な審査をなした事実を認めることができるが、元来法人税法(昭和二十五年法律第七十二号による改正法律)においてはその第三十四条第一項、同条第六項第一号、同三十五条第五項第一号の各規定を存し、再調査の請求につきこれが不服申立期間を一箇月と定めこれが期間徒過の請求を却下すべく、又これに対する審査請求につき同様却下の処分をなすべく、即ち之等不服申立を行政庁としては受理すべきでない旨定めているのみならず、別段訴願法第三十八条第三項若しくは国税徴収法第三十一条の二第二項に定める如く「宥恕すべき事由ありと認めるとき」若しくは通信交通その他止むを得ざる事由により不服申立期間を遵守し得ない場合等に特に行政庁の自由な判断によりこれが申立を受理すべき明文の定もない本件法人税法の場合においては、被告行政庁は原告会社の不服申立期間を遵守しない本件審査の請求を受理すべきでなく前記法条に則りこれを却下すべきであるのに、誤つてこれを受理し、これが裁決をなしたものであるということができるが、右は結局原告会社の申立を排斥したことに帰するから、本件各審査棄却処分が相当でないとしてもこれを取消す必要はないものと考えることができる。そこで原告が被告に対し本件棄却処分の取消を求める第一の本訴請求は法律上の利益を有しないものと解すべきであつて理由のないものである。

そこで更に進んで訴外岡崎税務署長のなした原告会社にかかる昭和二十四年度分法人所得額決定の取消を求める第二の本訴請求について看るに、法人税法第三十七条第一項本文(昭和二十五年法律第七十二号による改正法律)において、再調査の請求又は審査の請求の目的となる処分の取消変更を求める訴は同法に定める審査の決定を経た後でなければならないと定めた所以は一つには行政庁のなす処分については先ず行政権の判断に俟ち、司法権の判断よりも行政権の実質的な判断をより尊重すると共に、更に司法権の判断を求める前に行政庁に再審の機会を与えることは、行政庁はもとよりこれが処分の相手方たる私人にとり結局は利益に帰するとの考えに基くものであることに鑑みると、行政庁に実質的な再審をさせ、反省の機会を与えることの出来ないような場合にまで、司法権の判断が及びうるものと考えることは許されないものというべく、これを本件について看れば、原告会社の本件再調査の請求及び審査の請求はともに原告会社が訴外岡崎税務署長のなした本件各課税処分の通知をうけた後凡そ一年以上を経過した不適法の請求としてこれが実質的審査に立入らないまま斥けられるべきであるが被告が原告のなした審査の請求について、実質的な審査を遂げたことは前段認定のとおりである。然し本来被告は右審査請求を受理すべきでないのにかかわらずこれを受理してなしたものである。この前段認定事実よりすれば、右は不適法の審査決定というべく適法に実質的な審査の決定を経たことにならないことになり結局原告の本訴請求は適法な実質的審査を経なかつたことに帰着するものということができる。従つて原告会社の本訴請求はもはや裁判所の判断の介入を許さない不適法の訴となるものというべきである。

かようなわけで原告の第一の本訴請求は理由がないものであるから失当として棄却することにし、原告の第二の訴は不適法として却下することにし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 越川純吉 山田義光)

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